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第13回:女性としてのポジション ― 周縁はどのように武器になるのか

ブルデューが分析対象としたフランスのクチュリエたちは、その多くが男性デザイナーであり、ジェンダーの問題は十分に検討されていませんでした。ファッションが主に女性に向けられた領域であるにもかかわらず、その創造の中心を男性が担ってきたという事実は、場の構造に固有のねじれを示しています。現在においてもなお、女性デザイナーの数は増加しているものの、ファッション界の主導権は男性デザイナーによって握られていると言えます。とりわけ著名なデザイナーの多くは男性であり、彼らはしばしば女性の身体の輪郭を強調し、女性を魅力的かつ性的に見せる衣服を生み出してきました。

こうした男性中心の構造の中で、女性デザイナーたちは異なる戦略を展開してきました。一九二〇年代にココ・シャネルは「新しい女性」のための衣服を提示し、装飾性よりも実用性と機能性を重視することで女性の身体を解放しました。一九三〇年代にはエルザ・スキャパレリが芸術的で機知に富んだデザインによって既存のファッション観を揺さぶり、マドレーヌ・ヴィオネは革新的な裁断とドレーピングによって身体の自然な動きを引き出しました。さらに一九五〇年代にはクレア・マッカーデルが活動的な女性のための実用的な衣服を提案し、女性の生活に即した服飾を広めました。これらの試みは、男性によって規定されてきた女性像に対する対抗として位置づけることができます。

一九七〇年代以降になると、その動きはより明確な形をとります。ヴィヴィアン・ウエストウッドはパンクやボンデージといったスタイルによって既存のエレガンスに挑戦し、ダナ・キャランは都市で働く女性のための実用的な服を提示しました。これらのデザイナーたちは、男性中心のファッションに対して異議申し立てを行い、女性のための新たな衣服のあり方を提示しました。このように、「女性としてのポジション」は単なる属性ではなく、既存の規範に対抗するための戦略として機能してきたと言えます。

この系譜の中で特に重要なのが、一九八〇年代初頭にパリ・コレクションに登場した川久保玲と山本耀司です。彼らは衣服とジェンダーの関係そのものを問い直し、西洋における従来の女性美の理想を根底から揺るがしました。身体のラインを強調して女性を魅力的に見せるのではなく、ゆったりとしたオーバーサイズで構造の曖昧な衣服を提示し、女性の身体を性的対象として装飾することを拒否したのです。また、装飾的で色彩豊かな服とは対照的に、黒を基調とした簡素で抑制的な表現を採用した点も重要です。

川久保は女性が自立し、自らの力で生きることを重視し、男性に媚びる必要のない衣服を提示しました。彼女の服は「女性のための服」でありながら、従来の女性らしさを否定するものでした。また、ブランド名「コム・デ・ギャルソン(少年のように)」が示すように、既存のジェンダー規範に対する明確な挑戦でもありました。一方、山本もまた、男性服と女性服の区別そのものに疑問を投げかけ、性差を曖昧にするデザインを提案しました。彼は男性服を女性のために作ることを志向し、実際に多くの女性がそれを受け入れていきました。

そもそも衣服は、男女の差異を可視化する最も有効な手段の一つです。しかしヨーロッパの服飾の歴史を振り返ると、一七世紀から一八世紀にかけては現在ほど明確に性差が強調されていたわけではありませんでした。一九世紀になると、女性はコルセットやクリノリンによって身体の輪郭を強調する一方、男性は簡素で抑制されたスタイルを採用するようになり、性差は明確に拡大しました。二〇世紀に入り、シャネルやヴィオネが身体を拘束しない衣服を提示することでその差異は一部緩和されましたが、それでもなお現代社会においては、女性は「女性らしく」見えることを求められ続けています。

このような状況において、川久保と山本によるジェンダーの曖昧化の試みは、単なるデザイン上の革新ではなく、男性の視線によって規定されてきた近代ファッションそのものへの批判として理解できます。彼らのオーバーサイズで黒を基調とした衣服は、西洋ファッションの規範に対する明確なオルタナティブを提示しました。そして、ブルジョワ的・白人的・男性的なポジションが支配的であったパリのファッションの場において、彼らは「反ブルジョワ」「非白人」「女性」という複数の周縁的ポジションを戦略的に引き受けることで、既存の秩序に対抗しました。

この意味で、「女性としてのポジション」とは単なる属性ではなく、場の支配的構造を揺さぶるための戦略的な立場です。川久保と山本は、その周縁性を弱さではなく武器として用いることで、ファッションの場における新たな価値の創出に成功したと言えるでしょう。

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