第4回:ファッションのジャポニスム ――西洋デザイナーによる着物の表象
19世紀末以降、ジャポニスムは絵画や工芸だけでなく、テキスタイルやファッションの世界にも深く浸透していきました。深井晃子(1994)によれば、1880年代にはすでにリヨンの絹織物産業が日本の染織から強い影響を受けていたといいます。菊やアヤメなど自然のモチーフを取り入れた織物が生産され、パリの高級仕立て師たちのアトリエに供給されていました。ここでは、日本的な自然観が西洋の装飾様式と融合し、新しい「異国のエレガンス」として受け入れられていったのです。
1890年、シャルル・フレデリック・ウォルト(Charles Frederick Worth)は、カシミアツイル地に日本風の桜や兜をあしらったイブニングガウンを制作しました。さらに1894年には、着物に見られる「絵羽模様(えばもよう)」の構成を応用し、衣服全体をひとつのキャンバスのように扱ったドレスを発表しています。この二次元的な意匠構成は、西洋の立体裁断とはまったく異なる発想でした。つまり、19世紀末における「キモノの影響」は、まだ衣服の形ではなく、文様の中に現れていたのです。
20世紀初頭に入ると、女優・川上貞奴(Sada Yacco)の海外公演を通じて、着物そのものの造形がヨーロッパで注目されるようになりました。その頃、パリではロシア・バレエの登場(1909年)がオリエンタリズムへの熱狂を呼び起こし、レオン・バクストの舞台衣装が装飾芸術やファッションに多大な影響を与えました。こうした時代の空気のなかで、ポール・ポワレ、ジャンヌ・パキャン、マリアノ・フォルチュニー、マドレーヌ・ヴィオネといったデザイナーたちが、次々に「着物的なるもの」をモードに取り入れていきます。
とりわけポワレは、コルセットに縛られていた女性の身体を解放しました。ゆるやかで流れるようなシルエットを提示したのです。彼の代表作「キモノ・コート(Manteau Kimono)」は、ロシア・バレエ到来以前にすでに制作されており、バクストからの影響を否定していたことも知られています。1911年に開催された伝説的な仮装舞踏会「千二夜物語(The Thousand and Second Night)」では、彼自身が創り出したオリエンタルなファッションを披露し、ヨーロッパ中の注目を集めました。1910年代に制作されたイブニングコート「ル・マントー・ド・プルプル(Le Manteau de Pourpre)」はその代表例です。 美術・ファッション史の研究者アリス・マックレル(1990)は、この作品について「キモノの線とシルエットをポワレ流に再構成したものであり、ベルベットの布が身体を包み込むようにドレープしている」と評しています。ポワレの作品は、構築ではなく「まとい方」によって造形される――まさに着物的発想に基づくものでした。
同時代の他のクチュリエたちも、着物の造形から新しい美を見いだしました。ウォルトは1910年代に、ゆるやかなドレープを強調したベルベットのドレスを制作しました。パキャンは衿を大きく後ろに引いた繭型のコートを流行させました。これは遊女の「打掛(うちかけ)」を想起させるデザインで、パキャンはパリ万博のファッション部門代表として日本美術に触れたことをきっかけに、その直線的で流れるようなフォルムに惹かれていったといわれます。深井(1994:204)は、西洋人が浮世絵に描かれた着物の「ゆるやかさ」に、エレガンスと同時にエロティシズムを感じていたと指摘しており、パキャンやポワレもまた、そうした感覚を共有していたのでしょう。
さらにフォルチュニーは日本製の絹を用い、細かなプリーツを施したドレスを制作しました。蝶や双曲線文様など、日本の伝統意匠をステンシルで再現したコートも彼の代表作です。カロ・スール(Callot Soeurs)は装飾を排した平面的なドレスで知られ、のちにヴィオネに強い影響を与えました。ヴィオネは1920年代にチューブ状の実用的なシルエットを発表し、古代ギリシアのキトンと並んで、着物の直線的構造から着想を得たとされています。彼女の革新的な「バイアスカット(bias cut)」も、布を直線的に裁つという着物の原理をモダンに再構成したものといえるでしょう。
このように見ていくと、19世紀末から20世紀初頭にかけての「ファッションのジャポニスム」は、単なる装飾的な異国趣味にとどまるものではありませんでした。それは、西洋のファッションが「身体をどう包むか」という根本的な問いに立ち返る契機でもあったのです。着物は、異国の衣装であると同時に、モードの構造そのものを問い直す「鏡」として機能したといえるでしょう。
参考文献
深井晃子(1994)『ファッションのジャポニスム』、東京:平凡社。
Mackrell, A. (1990). *Poiret*. London: Batsford.
トップへ戻る