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第8回:パリ・コレクションは才能だけで決まるのか

前回、スチュアート・ホールの議論を通して、アイデンティティが固定された本質ではなく、歴史的状況の中で「戦略的に位置取られるもの」であることを見てきました。では、「日本人デザイナー」と一括りにされた 三宅一生、川久保玲、山本耀司らは、パリ・コレクションという空間においてどのような戦略のもとにポジションを築いてきたのでしょうか。

パリ・コレクションは、しばしば「世界最高峰のファッションの舞台」と位置づけられています。そこでは各国のデザイナーが自らの個性や技量を提示し、その成果が評価される場だと理解されるのが一般的です。確かに、ランウェイに並ぶ作品は創造性に満ちています。しかし、パリは単に才能が提示され、その優劣が判断されるだけの場所ではありません。あるデザイナーは「前衛」と称され、別のデザイナーは「保守的」あるいは「伝統的」と位置づけられる——その差異はいかにして生まれるのでしょうか。

パリ・コレクションには、創造性の提示を超えた構造が存在しています。そこには長い歴史の中で形成されてきた伝統があり、批評家やメディア、バイヤーといった多様な主体が関与しています。作品は単に提示されるのではなく、こうした関係の網の目の中で意味づけられ、位置づけられていきます。評価とは、個々のデザイナーの能力だけで決まるものではなく、すでに存在する秩序との関係の中で形づくられていくのです。

このようにファッションの世界を、単なる創造の舞台ではなく構造的空間として捉えたのが、フランスの社会学者ピエール・ブルデューです。彼は芸術や文学などの文化領域を、それぞれ固有の「場(field)」として分析しました。場とは、経済資本や文化資本、象徴資本の分布によって構造化された空間であり、そこでは名声や正統性をめぐる闘争が展開されています。評価は純粋な審美的判断ではなく、こうした力関係の中で形成されるのです。

とりわけパリは、長いオートクチュールの伝統を通じて象徴資本を蓄積してきた特別な場です。そこに参加することは、既存の秩序の中でいかなるポジションを占めるのかを問われることでもあります。革新は無条件に歓迎されるのではなく、場の構造との関係の中で理解され、評価されるのです。

このように見ていくと、パリ・コレクションは単なる創造の発表の場ではなく、評価や影響力をめぐる構造的空間であることがわかります。そこでは常に目に見える対立があるわけではありません。しかし、既存の秩序を継承する立場と、それを更新しようとする立場とのあいだで、静かな競合が続いています。

ブルデューの言葉を借りるなら、こうした空間は「闘争の場」として理解することができます。それは声高な争いではなく、正統性や象徴的価値をめぐる、目に見えにくい力のせめぎ合いなのです。

では、日本人デザイナーはこの構造の中でどのように位置を築いたのでしょうか。言語も文化的背景も異なる彼らが、パリという中心においていかに認知され、評価されていったのか。その過程を辿ることは、ファッションの歴史を知ることにとどまりません。それは「場」の力学そのものを理解する手がかりとなるはずです。

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