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第9回:フランスのファッション界の構造――ブルデューの〈場〉理論から

フランスのファッションの場において、日本人デザイナーたちがどのような戦略的ポジションを取ってきたのかを検討する前に、まずはピエール・ブルデューの〈場〉理論をもとに、ファッションの構造をもう少し具体的に見ていきます。

ブルデューは論文「デザイナーとそのブランド」、「オート・クチュールとオート・キュルチュール(高級文化)」、そして著書『ディスタンクシオン』の一部で、パリのハイ・ファッションの場を分析しました。彼はそこで、ファッションを単なる流行現象としてではなく、「文化生産の場」における構造的闘争として捉えました。

ブルデューによれば、ファッションの場は、芸術や文学と同様に、固有のルールと価値基準を持つ空間です。そこでは、デザイナー、批評家、編集者、顧客、教育機関などが相互に関係しながら、「正統なファッションとは何か」をめぐって競い合っています。重要なのは、この場が単なる市場ではないという点です。売れることと、正統と認められることは必ずしも一致しません。ファッションの場には、市場論理とは異なる内部評価の論理が存在します。このような場の自律的な性格は、ブルデューが他の文化生産の領域で論じた問題とも通じています。

この場における争いは、複数の資本の再配分をめぐる闘争でもあります。経済資本(売上や資金力)、文化資本(技術や審美的教養)、社会関係資本(顧客やバイヤー、編集者との関係)、そして象徴資本(名声や権威)は相互に変換可能であり、デザイナーたちはそれらを戦略的に運用します。名声は価格へと変わり、歴史的権威は正統性として蓄積されます。ファッションとは「美の競争」であると同時に、「資本の運用」をめぐる戦略的ゲームでもあるのです。

場の内部には、すでに象徴資本を蓄積した支配的デザイナーと、それに挑戦する新規参入者とのあいだに対立関係が存在します。支配的デザイナーは既存の価値を維持する保守戦略をとり、伝統、洗練、永続性を強調します。一方、新規参入のデザイナーは既存の価値基準を揺るがす転覆戦略を採用し、若さ、革新、未来性を前面に押し出します。支配的ポジションでは豪華さや気品、均整や長持ちといった価値が称揚されるのに対し、新規参入のポジションではキッチュやユーモア、機能性や未来性といった語彙が用いられやすい。革新は単なる個人の才能から生まれるのではなく、場におけるポジションの差異から生まれるのです。

ブルデューが主に分析対象とした1960年代のパリでは、転覆戦略をとる若いデザイナーたちが台頭しました。たとえば、アンドレ・クレージュはミニスカートや幾何学的デザインを打ち出し、パコ・ラバンヌは金属素材を用いたスペース・ルックで衝撃を与えました。彼らは当時支配的立場にあったクリスチャン・ディオールやピエール・バルマン(英語版Wikipedia参照)が蓄積してきた象徴資本の価値を相対化しようとしました。ファッションの歴史的変動は、この支配と挑戦の緊張関係から生まれるのです。

ブルデューの議論は、ファッションを流行の移り変わりとしてではなく、構造化された闘争空間として理解する視座を与えます。革新とは偶然の出来事ではなく、場のなかで異なるポジションを占める主体が、資本を武器に戦略的に行動する結果なのです。

では、この構造のなかで、日本人デザイナーたちはどの位置に入り込み、どの資本を武器にし、どの戦略を選択したのか。次回はその具体的検討に移りたいと思います。

参考文献

Pierre Bourdieu (with Yvette Delsaut), “Le couturier et sa griffe: contribution à une théorie de la magie” in Actes de la recherche en sciences socials, 1 September 1975, pp.7-36

Pierre Bourdieu, “Haute Couture and Haute Culture” in Sociology in Question, London, Sage, 1995, pp.132-138 (田原音和監訳『社会学の社会学』, 藤原書店, 1991, pp.251-264)

Pierre Bourdieu, Distinction: a social critique of the judgment of taste, London, Routledge & Kegan Paul,1984 (石井洋二郎訳『ディスタンクシオン』Ⅰ・Ⅱ, 藤原書店, 1990a、1990b)

参考リンク(視覚資料)

Vogue Japan 「スペース・エイジ・ファッション特集」(最終閲覧日:2026年3月3日)

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